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「1日10秒・人脈力コーチング」☆ミニまぐ「今週のpick upマガジン」でご紹介いただきました☆

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“コミュニケーション”のブログ

◎「コミュニケーション音痴からコミュニケーション講師へ」

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受講者の声

◎ご参加者G様(20代、男性、会社員)                                           日常の忙しさに埋もれて、本日のように「やりたいこと」や「目標」をストレートに考える機会を持つことができていませんでした。まずは手法や云々というのではなく、今日のように日常的に意識できるようにしたいと思いました。また演習と演習の間の谷口さんのお話の中に、いくつもハッとする点があって、大変刺激になりました。

◎ご参加者T様(40歳、男性、生保ライフプランナー)
「自分には、自分では気付かない魅力があるんだなぁ!ということを知りました。今日の気付きは私にとって大きな自信につながりました。谷口さんのとっても元気で素敵なキャラクター、大好きです!今回の企画は講義中心ではなく体験型だというところが面白かったですね。」

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学生時代

<〜高校時代>
小学校を卒業するまで天才ちゃんと呼ばれていた私は、同志社女子中学校に入学。ところが同レベルの生徒達が集まっているため、天才の名は返上、ほどなく悪友よりロックの洗礼を受け、私の転落人生が始まりました(笑)。ザ・モッズやストリートスライダーズを経てローリングストーンズやジェフベックを聴くようになった私は、高校1年でギターを始め、バンドを結成。あまり勉強もしないまま進路決定の時期を迎え、何となく心理学に興味を持ちました。しかし教科書を開いていた時間よりバンドスコアを開いていた時間が長かっただけに、数学の点数が基準に満たず断念。とりあえず中学入学当初の憧れだった同志社大学文学部英文学科へ進むことにしました。

<大学時代>
その頃はちょうど“大学のレジャーランド化”が嘆かれていたバブルの絶頂期。“カフェバー”のようなオシャレな学食にいると、ついつい講義の存在を忘れて友達と油を売ってしまい、おバカに拍車がかかってしまう環境でした。だけど私は至って硬派のつもりで、テニスサークルに入って女子大生な日々を謳歌している友人達を尻目に、もっぱら軽音楽部の練習場で過ごす時間の方が長かったと記憶しています。練習場のベランダで、ひとり“ライトハンド”を練習しながら、私は他の連中とは違うんだぜ〜。などと思っていたものです。(変わってるといわれるのが大好きで、ちなみに動物占いはオオカミです)だけど・・・女子高に6年間いた私は“男子”の存在ってまるで珍しい生き物のよう。「何を話せば笑ってくれるんだろう?」などと考えながら、ドキドキしながら大学へ通ったのを覚えています。そういえば説明してくれた男の子にひと目惚れして英会話サークルにも入ってたなぁ・・・。

天職探しの長い道のり

<コピーライターとしてスタートしたけれど・・・>
コラムニストなど、社会に影響力のある仕事に憧れを持っていた私は、大学卒業後にコピーライターとして広告プロダクションに入社。会社の環境も良く、一流企業の広告や販促ツール制作が中心だったので仕事も面白かったのですが、「果たしてこれは自分がやるべき仕事なんだろうか?」「私にはもっと自分にふさわしい仕事があるんじゃないのか?」と思うようになりました。
元々スピリチュアルな世界や心理学に興味があり、「何か社会貢献できる仕事がしたい」と考えたのですが、その頃は今のような“心理系お仕事ブーム”以前で、仕事の選択肢も資料もあまりなく、知ったのは「臨床心理士」という仕事の存在と、それになるには認定された心理学系の大学院を卒業していなくてはならない、ということ。大学院に入るにはお金と時間がかかり、しかも勉強中は収入が途絶えてしまいます。それに今のキャリアを捨てて、適性があるか無いかも分からない新しい世界へ飛び込むことへの不安感は拭いきれませんでした。

<強い焦りから転職活動をしたものの・・・>
その頃ちょうど入社して7年目に入り、「このままではダメだ。何か変化を起こさねば。」という強い焦りに駆り立てられるように、転職活動を始めました。転職といっても心理職に転向するには大学院という高いハードルがあるのですっかりあきらめていましたから、同業種間での“転社”になります。コピーライターをやっている友人のほとんどが「将来は小説を書きたい」「元々シナリオライターになりたくて」「とにかく読書が大好きで、初版本を集めるのが趣味」など、活字の世界をこよなく愛し、表現者として人生をまっとうしたいという人たちばかり。文章表現に対するこだわりということではなく、「社会への影響力」というスタンスでコピーライターを選んだ私とはモチベーションがまるで違います。
このような疑問を抱えたまま“焦り”からスタートした転職活動がうまくいくはずもありません。どこへ行っても情熱をもって話すことができず、理想のコピーライター像を問われても即答できず、次々と面接で落とされました。すっかり精神的に滅入って人と接することすらイヤになっていたところ、ようやく10社目で、ある広告プロダクションに採用されました。そこで待っていたのは前の会社とは違って息をつく間もないハードな仕事の山。1週間のうち、家に帰ることができるのは2日だけ。しかも終電。あとは徹夜か会社泊か上司や同僚の家にご厄介になるか・・・。元々コピーライターという職業に使命を感じていたわけではないので葛藤は日に日に強くなり、身体も壊してしまって、しまいには何のために生きているのか分からなくなってしまいました。
 
<仲間との交流から運命の扉が・・・>
せっかく採用された会社でしたが、肉体的にも精神的にも限界を感じた私は、1年で退社。しばらく自分らしさを取り戻すためにゆっくりしようと、ひさしぶりにバンド活動をするなどで英気を養いました。今後のことは、漠然とフリーランスになればいいか・・・と思っていたので、積極的に業界の仲間と飲み会を開いたり、パーティに参加したりしていました。そして退社から8ケ月ほどたったある日、橘さんというヤリ手プランナーの友人から「今度うちの会社にインターネット事業部が立ち上がるから来ぃへん?」と声をかけていただきました。社長さんとお会いすると「ぜひ来てください!」とその場で採用に。ギャランティの交渉も思い切って理想の金額を言うと、そのままOKして下さったのです。後で橘さんに「何で私を選んでくれたのですか?」と聞くと彼は「いやぁ・・・何かやる時は絶対谷口さんを誘いたいと思っててん。できる人やと思ったから。」と何ともまぁうれしいお言葉!“デキる人に見える”という彼の評価は私に大きな自信を与えてくれました。デキる人に見えてまるでダメだとお話にならないけれど、何とか期待に応えればOKでしょ?“デキる人”としてふるまっていれば仕事の依頼もあるだろうし、受けてから200%の努力をすればいいじゃない!と思いました。

<その人に出会うために導かれた私>
 結局その会社には2ケ月しかいなかったのですが(笑)そこにはその後の人生を大きく変える運命的な出会いが待っていたのです!今でもスローモーションで思い出すのですが・・・私が入社した数日後にその人が事務所のドアを開けて颯爽と足を踏み入れたその瞬間、雷に打たれたように私の中で時間が止まったのです。同時にはじめて会ったような気がしない、懐かしい感じに満たされて、何かが始まる予感がしました。中村東伯氏・・・数々のビジネスの立ち上げ人でありまた言霊師でもある・・・とついに出会ってしまったのです。神様のことから飲み屋のオネエチャンのことまで何でも楽しく知的に話す、エンターティナー。夢を未来を語り、まるでトトロのようにしあわせを運んできてくれる、明るいパワーに満ちあふれた方。彼と出会ったその瞬間、ようやくこの会社に呼ばれたことの意味が分かりました。

<いよいよ動き出して・・・>
 その会社は「入ってもろたのはよかったけど、君にやってもらう仕事がなくなってしもた」という社長さんの一言でたった2ケ月足らずでやめることになりました(ガーン!実はとってもあせりました)が、中村氏との交流は続きます。フリーランスになった私は知人の方々に連絡を取り、日々営業にいそしんでいました。途中なかなか仕事が取れず貯金も底をつきそうになり、さすがに参ってもうダメかも!と、再就職を考えたこともありました。でも直感で、組織にいては自分の持ち味が出せないと思い、コツコツと営業を重ねました。ボチボチお仕事をいただけるようになった頃、中村氏から「Jフォン(現ボーダフォン)のコンテンツ事業が動き出すよ。谷やん今忙しい?そうか。よし企画やって!忙しい人ほどいい仕事できるから。」と連絡をいただきました。「前のあの会社にいた時に仕事ぶりを見てて、行動力があるしデキると思ったから一緒に組みたいと思った。」という彼の言葉にまたまた大感激!私は結構父の血を引いてるのかなぁ、なんて思いました。私の父は同じく自営業者。行動力があって誰からも愛される人なつっこい人でとっても仕事熱心。それにお酒をこよなく愛する人なんです(笑)

<まさかの東京進出!>
1999年8月、私は中村氏と共にコンテンツの企画に取り組みはじめました。それから年末にかけて、タイアップ先への営業などで東京と大阪を行ったり来たり。東京ではITバブル真っ盛りで渋谷が“Bit Valley”などと呼ばれて盛り上がっていた頃です。そして11月、その渋谷にコンテンツ制作の拠点を構えることになった中村氏から、東京に来ないか?とお誘いを受けました。今まで東京へ進出する友人たちを指をくわえて見ていた私にも、チャンスが巡ってきたのです。他にも関西でいいお仕事を発注して下さっていた方々には申し訳ないと思いましたが、このチャンスに乗らなくてどうする!とばかり勢いで東京へ引っ越しました。もしあの時関西に残るという選択をしていたら、いまだに天職に出会えずにくすぶっていたことでしょう・・・“タイミング”と“決断”は成功のカギですね!

<不思議なご縁の数々・・・>
私達が立ち上げたボーダフォンのコンテンツとは・・・風水やおみくじ、神社情報を盛り込んだ開運コンテンツ。占いの監修者が必要だということになり、占い師の先生を抱える会社とタイアップさせていただくことに。その会社の社長さんがとても私のことを可愛がってくださり、その後渋谷の会社が解散して私がフリーランスになった時に、事務所にデスクを置かせていただくことになったのです。事務所には占い師の先生方が出入りされ、周りの本棚には占いの本がいっぱい。まるで占いテーマパークのような環境に小さな頃から占い好きだった私は大はしゃぎ!摩訶不思議な東洋系占いの世界にすっかりハマってしまい、携帯コンテンツはもちろん、ゲームセンターの占い機用ソフトなども制作させていただくチャンスに恵まれました。

<カウンセリングの世界へ>
占い師の先生方の癒しパワーには目をみはるものがありました。特に社長さんの電話鑑定をたびたび聞く機会があった私は、彼女の海のような受容力に大変感銘を受けたものです。折りしもこの会社が運営している占いの学校で、カウンセリングの授業が採り入れられようとしていた頃、偶然取引先の方の紹介で、産業カウンセラーの方々と出会ったのです。聞けば受験するには認定大学院などを卒業している必要はなく、約8カ月ほどの講習会に出席すればよいとのこと。早速受講してみることにしました。その産業カウンセラー協会のカウンセリング実習では、来る日も来る日もロジャーズの傾聴技法三昧。“イラチ”(関西弁でせっかちという意味)で解決志向の私は、ついつい自分から働きかけてしまい、「とことんクライアントの気持ちに寄り沿って聴いてあげましょう」と講師の先生から注意されることもしばしば(笑)日々の生活の中でも知人からの相談に乗るときには、実技試験のための練習も兼ねて?カウンセリング的に関わるようにしていました。

コーチングに巡りあって

<そしてコーチングに出会う>
しかしそこで私が発見したことは、「客観的にみて大変な状況にあるとは思えないのに、いつも悩みやグチばかり口にしている人は、往々にして自分のことが見えておらず、自分の身にふりかかる悪いことはすべて周囲のせいであると考える傾向が強い」ということでした。聞いているだけでは彼等はますます“ドツボ”にはまってしまうのではないかと危惧したのです。本当に彼等が問題解決してポジティブになるためには、異なる視点からの投げかけやヒントが必要なのではないか?当時カウンセリング講習会仲間の間で度々コーチングが話題になっており、そのポジティブで解決志向なアプローチが自分の性に合っていると感じていました。そこで知り合いの方にコーチングに興味があるという話をしたところ、実は偶然その方のお友達に典子さんとおっしゃる米国在住のプロコーチがいらっしゃり、お目にかかる機会をいただきました。何て明るく元気で魅力的な方!彼女と一緒にいると清々しい風がサーッと吹き抜ける感じで、ものすごくパワーをいただけるのを実感しました。彼女が“CTI”で勉強して本当によかったと情熱的に語っておられたので大変興味を持ち、Webや書籍などでも調べたところその姿勢に非常に感銘を受け、コーチングの世界に足を踏み入れたわけです。

<コーチをつけたらミラクル!>
CTIで応用コースがスタートしようとする頃、基礎コースでアシスタントをされていた方が「今の谷やんにはコーチがいた方がいいよ。」とアドバイスしてくださったので、「とにかく明るく元気な男性のコーチがいい!」とリクエストしたところ、私にピッタリの方を紹介して下さいました。不思議に会った瞬間から、「この人ならイケる!」と直感で感じたのです。(コーチ選びは直感も大切です!理屈やキャリアよりも、好きになれるか信頼できるか、が大きなポイント。)あの黒柳徹子さんが育った東久留米の「自由学園」で先生をしている、何と元暴走族のコーチ(笑)昔ストリートスライダーズが好きだったなんて所でも意気投合して、「じゃあ、早速来月からお願いします」ということに!いま自分にコーチをつけたことで、コーチングの素晴らしさを実感しています。以下が私の実感したコーチングの効果・利点です。

ー分の長所をしっかり認めてホメてくれるので、とっても励まされる。自分で気付かなかった長所も教えてくれる。まるで私設応援団がいるみたい。調子がいい時はさらに加速できるし、悪い時にもよかった所や学びを見出すきっかけをくれるから、前向きになれる。

∋纏その他でいいことがあったら謙遜することなく、喜び勇んで報告できる。(その結果を一緒に喜んでくれ、さらにいい方向へ向かうためのヒントまでくれる。親兄弟や友達をはるかに超える画期的な関係!)

仕事だけでなく、家族関係や恋愛に至るまで何でも受け入れて対応してくれ、しかも守秘義務を守ってくれるので、特に重要な問題についてリスクを感じながら人に相談する必要もない。(友人など身近な人は自分の視点や一般常識でアドバイスしてくれることが多いため、自分で納得できる結果が得られるとは限らないが、コーチはあくまでも自分自身がどうしたいかを引き出してくれる。その結果満足のいく行動が起こせる。友人たちの間で、“ここだけの話って言われたんだけどぉ〜”などと秘密のハズがみんなに知れわたっていたという事態も防ぐことができる。)

ぜ分の視野が狭くなっている時など、客観的視点でハッとする質問を投げかけてくれることで、感情や行動のバランスを取り戻せる。

ゲ歛蠅魴茲瓩浸に期限も決めてコーチに報告することを約束するため、自分ひとりでやっている時のように「まぁ、来週でもいいや。」とタスクを後回しにすることがなくなる。その結果スピーディに結果が出て、チャンスをつかむタイミングも逃さない。

α歓帆肝遒濃戮┐討れて、ホメてくれて、一緒に喜んでくれるコーチがいると、生きている実感が湧き上がってくる。1日1日がワクワクに満ちあふれて、24時間を実に有効に使えるようになる

元々人と会うのは大好きでしたが、コーチをつけてから、さらにステージが上がったように思います。いいご縁を引き寄せてすばやくそれを感じ取り、タイミングを逃さずアプローチできるようになって、素晴らしい人脈が拡がりました。多くの方々と信頼関係が結べて、今後ビジネスのみならずプライベートでもいいお付き合いが拡がりそうです。そして何よりの収穫は、取引先の社長さんからコーチングの依頼を受けたこと!そして現在プロのコーチとして活動中です。

<とうとう出会った天職!>
元々世話好きな性格で、人から頼られると「よっしゃ!まかせとけ!」と面倒をみてあげたくなる性分。素晴らしい素質を持ちながら、歩むべき目標がみつからず悶々としている方や、すごい可能性を持ちながらまだアクセルを踏むのをためらっている方に出会うと、頼まれなくてもアドバイスしたくなってしまいます(笑)動き回って人に会って自分の知らない世界に触れるのが大好きな私でしたが、CTIのワークショップで学ぶ中で、さらに信頼することの幸せ、信頼されることの喜びを実感。人と人が出会うことで生まれる化学反応にすっかりとりこになっています。またコーチとして、これまでの七転び八起きの人生があるからこそ、みなさんを支えていける底力があると自負しております。(ここにはスペースの関係と諸事情により“二転び”くらいしか書いてありません。機会があれば残りについてもお話しましょう)